My Happy Birthday

My Happy Birthday

 


有り難くも、また、目出度くも、歳を一つ重ねました(´ー`)y━~~~

 


いつも、こんなオレに様々なカタチで色々と有り難う御座います(^人^)

 


36歳に立てた人生の目標であるモチベーショナルスピーカーになる様に

 


37歳は、BE PROUD OF WHO YOU AREと言う言葉と共に歩んで参ります(`・ω・´)

 


ALWAYS PROUDの名の下

 


辿り着いた使命ある使命に恥じない生き方が出来ればと願います(-人-)

 


即ち、相手の1番星として貴方の幸せを祈る者:相星貴幸

 


これが私の名前です!と

 


しかと、命に焼き付けて

 


何の為に?と言う目的意識を明確にしながら

 


来年の今日を笑って迎えられる様に

 


1日1日を、木の年輪の様に積み重ねて、点と点が、いつの日か、布にまで発展し、誰かの安らぎに変わるまで

 


世界は捨てたもんじゃないって

 


世の中は、素敵で素晴らしいもので溢れていて

 


それれらは、すべて貴方の心が決めるから

 


もう大丈夫だよ!

 


そんな台詞を

 


何の気負いもなく言える自分である為に

 


平成最後の誕生日  すべての事物に感謝しながら  2018.10.20.  相星 貴幸(Your Happy).

 


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2018年 平成最後の年 活字にした最後の文書

「The way I am」

 


これはボクのただのダイアリー

 

 

 

 


不思議な話でこの話は活字にした事が記憶の中では殆どない

 


恐らく、散々書きまくったmixiの日記にすら書いてない

 


まぁ、それだけ、ナイーヴでデリケートな話なのだろう

 


オレにとっては…

 

 

 

 


東京での仕事を終わらせて、家族を福岡に集めた2001年の秋、親友の辞倫は確かに苦しんでいた

 


生きることに

 


彼が伝えてきた内容は

 


テスト期間で真剣に学んでるが中々身に付かない

 


もう高専にはいたくない

 


ハーレーの専門学校に行って

 


早く大人になりたい

 


でも、親は、ちゃんと高専に区切りをつけてからじゃないと、ハーレーの進学のお金や学費や生活費は面倒見ないと言ってる

 


どうしたらいい?

 


彼は、それまでに見せた事のない悲愴な顔をして、オレに尋ねた

 


そんな彼の痛みや苦しみをわかっていたのに、オレはいきなし現実を突きつけた

 


何故、親の金が必要なんだ?と

 


確かに、あの時のオレは、一足先に学校を出てたし、親のお金や何かの恩恵を受ける状態ではなく、寧ろ、親も兄弟も経済的にも精神的な面でも様々フォローしていかないといけない立場にいた

 


しかしながら、学校という枠組みの中で、世間を知らない学生だった辞倫には、オレが口にする言葉は辛かっただろう

 


親の金がなくてもハーレーの専門学校に行きハーレーの整備士にはなれるすべを様々具体的に話したが、恐らくは話のほんの少しも理解は出来ずに、何故こんな辛い話をするのだろう?と思ったに違いない

 


確かに、どの案も辛い現実しか話してなかったのを覚えている

 


そして、彼が最期に伝えてきたのは、どんな素敵な女としても、どんなオナニーをしても射精しない!と言う話だった

 


彼が、伝えたかったのは、子孫を残すと言うDNAに刻まれてる筈の最後のプログラムさえ機能しない状態なんだと

 


詰まり、ギロチンで処刑される男性がその瞬間に射精する話の引用だったのだろうと思う

 


それすら出来ないオレはどうしたらいい?と

 


オレに呟いて

 


そんな会話を最期に

 


電話は途切れる

 


翌朝、彼は天国へと旅立った事を同級生からのメールで知る

 


彼を葬る一連の流れが終わり半年が過ぎた頃のオレは

 


亡くなる時に彼が叩いた現実と言う大きな壁を、ずっと叩いて苦しんでいた

 


それは、自らを殺してしまう程に精神を蝕んで…

 


だから、自分で閉鎖病棟のある精神科に入院すると言う緊急避難をとる

 


だが、そこからが長い戦いになった

 


強い薬を投与され、歪んだ世界がグルグル回る様な世界にいて、自分がどんな状態で、何がおかしくて、今日と言う日に何を選択して生きていけばいいのかもわからずに、ただただ時だけが流れた

 


そんなオレの戯れ言に、唯一耳を貸してくれ、常に祈っていると伝えてくれた存在がいる

 


入院してる最中にネットで出会った晃だ

 


彼は彼で、人生の途中で、苦しみながら、もがいて、道を探している時で、時間もお金もない浪人生だった

 


晃と会うと、未だに、必ずと言っていいほど、揶揄するやり取りがある

 


オレを言い負かそうとするな!オレは数々の精神科医ですら言い負かしてきたんだ!

 


ははは(笑)

 


あの時のオレからの晃へのメッセージだ

 


確かに、素っ頓狂な話だが、それを地でいってた

 


そんなオレに対して、繰り返し、繰り返し、何度も、何度も、重ねて、重ねて、祈っているよ!と伝えてきた

 


家族が全員精神疾患を患ってたからよくわかるが、まともな話が通じない時は奴等には本当に通じない

 


そして、それでも彼ら彼女らは、彼らなりに現実を見てるし、彼女らなりに声を上げてる

 


それでも、生きたい!と言う悲痛な音なき叫びだ

 


当時のオレもそうだった

 


勝手な言い分と勝手な解釈のもとで、勝手な夢や愛を語る

 


まことに、手に負えない厄介な男である

 


半ば、頭も未だ働いていたから、余計にタチが悪い

 


もう誰もどうする事も出来ない状態のオレに、晃は命懸けで、祈り、励ましてくれた

 


希な望みでも希望を持てよ!と

 


様々なメッセージを受け取り、時に逆上したり、時に時間を忘れたかの様に泣き続けた

 


彼は彼の道を見つけて大阪に移住した

 


博多と大阪の距離でも、晃は常に祈りを根本とし、励ましを忘れずに、常に楽観的な考えを示してくれた

 


オレと晃は、出会ってから実際に会うまでに、約3年もの歳月を要する

 


長い歳月の中で、オレは御書や池田先生の御指導を学んでいく

 


そして、初めて会った時に、晃が口にするのは、仏壇が置けるねと言う話だ

 


それから、様々あって入会し、3年間は何も活動せず、突然、師走のある日に勤行をしたいと思いたち、地元の男子部に来て頂き、毎日、毎日、師走の忙しい中で、男子部の方々が通って下さり・・・・・・それからの話は散々してきた信仰体験や活動報告の原稿のまんまで・・・・・・今に至る。

 


現実に、活動を始めたあの師走の時から10年が経ち、その間に、就職もすれば、恋愛もして、家族もすったもんだあって、オレ自身、組織に負んぶに抱っこの状態でここまできた

 


決して、ちゃんと戦えていたとは言い難い10年だ

 


よくも、まぁ、こんな人間の隣に居てくれたなぁと、驚嘆してしまうくらいの現実

 


晃が命懸けで伝えてきた仏法を、地元がバトンを継ぐカタチで、様々教えてくれた

 


組織が常に支え守ってくれた10年…

 

 

 

 


そんな想いを、今年のテーマとして漢字一字に込めて、貝塚支部として出発した新春支部総会

 


抱負として選んだ漢字は

 


 

 

 

 

 

 

今日と言う日のわが友に贈るを何となく楽しみにしていた

 


そんなん言ったら、池田先生に怒られそうだが…

 


うん!

 


ですよね!

 


と、読んだ瞬間の綻んだ笑顔をオレは忘れない

 

 

 

 


気がつくと

 


今年は、様々な想いを活字にしたなぁと思う

 


それらの多くは、発してないものばかりではあるが…

 


しかし、最後に選んだのは、この話だ

 


やっぱりか、とも思うし、成る程ね、とも思う

 


キリスト教徒だった辞倫の言葉で言えば、贖罪、或いは、懺悔みたいな文書なのかも知れない

 


まったく、この文書を書くのに、どれだけの犠牲を強いたのだろうか?と我ながら呆れる(笑)

 


ただ、漸く、ここに立ったのだと思う

 


長く長く果てしない様に思えた

 


死よりも怖い孤独の中で

 


今のオレを誰が創造出来ただろうか?

 


こんなにも生きている事を愛おしく大切に思える時があるのだと感じると、そこにはただ感謝しかなく、オレにも眷属が、同志がいるのなら、晃みたいに光をあてたいと心の底から願う

 


それがオレの誓願です!

 


こんな下らない談話を最後まで読んで下さった貴方にも感謝します!

 


生と死とその狭間の間にあるものすべてに愛を捧げます(^人^)

 

 

 

追記

辞倫の命日は、10月11日で、今日ではありません。

ですが、日記を読み返すと、毎年、この日に振り返ってみたり、想いを馳せてるみたいです

それは、多分、あの日の出来事を、辞倫と語らう事もなく逝ってしまったので、心の中で、この日に辞倫と同時多発テロの追悼をしてるんだと思います

もー、最後の最後まで我が儘な文書だことw

 

 

 

 


2018年09月11日

相手の1番星として貴方の幸せを祈る者  相星 貴幸.